この話は、去年の話です。
例のウイルスがこんなにも脅威を奮っていなかった時期。
俺は初の個展(写真展)を夏に控えており、その前に2019年から一人旅をすると計画していた。
宮古島の旅だ。
一人旅は人生初だったが、気持ちを抑えられずに『なんとかなる』精神で友人に聞きながら民宿を予約をした。
【初日】
7月の中旬頃、出発の日を迎えた。
一人旅の目的は観光ではない。撮影の旅だ。
初日の天気は大雨。しかし、不思議と不安よりワクワクの方が大きかった。
宮古島は人生で1度は行きたかった場所だったからだ。
飛行機が空港から飛び立ち数時間、雨雲を抜けて、気がつけば海の上を飛んでいた。
空の旅はやはり良い。鳥になった気分でずっと窓からの景色を眺めていた。
約三時間ほどで、宮古空港に到着した。
宮古島は夏日和。程よい湿気とカンカンな太陽。
まず、民宿のオーナーが空港まで迎えに来てくれるとの事だったので電話をした。
数分後、迎えが来たのでオーナーの方と民宿に着くまで自己紹介を含めここに来た理由などを話した。
ここの民宿でレンタカーも貸し出しをしていたので、民宿に到着しチェックインをしながら簡単な説明を受け、部屋に案内をしてもらった。
部屋は至ってシンプルで窓からは青い空と一面のサトウキビ畑。
落ち着いたのか、荷物を下ろして休憩することにした。
初日は、車で買い物してその日を終えた。
【2日目】
朝4時に私は目を覚ました。
そう、朝日を撮影しにいこうと思ったからだ。
眠い目を擦りながらカメラバックを持って車に乗り込んだ。ナビで『東平安名崎』と打ち込み向かった。薄暗いサトウキビ畑しか見えない道を走っていると少しずつ明るくなってきた。
到着すると両側が海。岬の先端には灯台があるだけ。明るくなってきたので駐車場に車を止めてカメラバックを持って急いだ。
すると、朝日と反対側の方から雨雲が近づいてるのが見えたと思うとポツポツと雨が降ってきたのだ。急いで朝日を写真に収め、カメラをしまい車に戻る途中に不思議な現象を見たのだ。
岬を堺に右側は朝日で明るいのに、左側は雨雲で暗いという雨と晴れの堺に自分が立っていたのだ。しばらくすると雨足も酷くなり、車に急ぐ途中に空を見上げると、そこには虹が掛かっていたのだ。見つけた瞬間に考えるよりも先に身体が動き、雨の中、カメラを布で包みながら出し『写れ!!!』と思いながら虹に向かってノーファインダーでシャッターを切った。
車に戻り、朝食の時間が迫っていたため民宿へと帰った。
朝から一気に色々なことがあり、午前中は部屋で寝てしまった。
午後は、昼食を食べに行く次いでに砂山ビーチへと向かった。
砂山ビーチは名前の通り綺麗な砂、青い海。まるでプライベートビーチのような素敵な場所だ。
写真を数枚撮り、夕陽の時間まで宮古島の街をドライブすることにした。
夕焼けを狙うための場所も決めていたのだ。
日が沈む30分前に着くよう『西平安名崎』へ向かった。
ここでは、岬の先端に駐車場があり車の中でも夕日が見える場所だ。
残念ながらこの日は海の向こうに雨雲が広がっており、染まることなく雲に沈んでしまった。
『まぁ、こんなこともある』そう言いながら、車で民宿へ帰った。
風景写真は運とタイミングなのである。
【3日目】
3日目は、大神島へ行こうと考えていた。
朝食を食べていた時にオーナーが『どう?良い写真取れてる?』と聞かれたので
『はい』と答えるとついでに聞いてみることにした。
『星が綺麗に撮れる場所ありますか?』と聞いてみると、詳しい方を紹介してもらうことになった。
21時に民宿の前に集合との事だったので、それまで大神島と池間島に行くことにした。
大神島には、島尻港からフェリーで行ける離島だ。
大神島は神様が宿る島と言われており、聖域という場所が多い島で島の頂上からは島全体が見渡せた。
池間島へは池間大橋を渡っていく島である。池間島は島一周ドライブをした。
その帰りに西平安名崎で夕日を撮った。
21時になり民宿の前に行くと、一人の老人がいた。
その方が紹介してくれた後藤さんである。後藤さんは、静岡からきた長期滞在の方である。その方とオーナーと車で来間島に向かった。
来間島にある小さな海岸に着くと、そこは波の音と空は満天の星空だった。
それは、生きてきた中で見た一番綺麗な星空だった。
【4日目】
私は、海ぶどうを食べにとある食堂に向かっていた。
食堂では本場のゴーヤチャンプルー定食も食べた。お腹も満たされ伊良部島へ向かった。
伊良部島へは、宮古島から伊良部大橋で行ける離島だ。私は伊良部島にある[渡口の浜]に向かった。誰もいなく長い砂浜が続いていた。写真を数枚撮ってから[17END]に向かった。17ENDは夢のような場所。この一言に過ぎない場所だった。
そして明日、東京に帰る日なのでオーナーが教えてくれた、地元の人しか行かないと言われている名前のないビーチに行ってみたのである。
そこで、最後の夕日を撮ろうと決めていた。
しかし、結果は夕日は撮れなかった。
この夕日は撮らないでおこうと思ったからである。
波は静かで、音は波音しか聞こえない。
夕日は撮れなかったけど、なぜか涙がでてきた空。
その意味は自分にもわからなかった。
【最終日】
朝、私は荷物をまとめていた。
飛行機の時間は午後15時。朝食を食べて、オーナーのご好意で飛行機の時間まで部屋にいて良いことになった。
そして、15時まで時間ができたので民宿からほど近い[与那覇前浜]に向かった。
ここで最大の失敗が起こるのである。
私は軽装でビーチへ向かった。
夢中になって写真を撮っていたら、ポケットに入れてあったスマホがない事に気づく。
膝くらいまでに足を海に使っていたので、海に落としたと思い不意に海面を除いた瞬間にカメラを海に落としてしまったのである。
結果、スマホは見つかりカメラはお釈迦になってしまった。
しかし、奇跡的にデータは残っていた。
私は急いで民宿に帰りPCへバックアップを取った。
それから、出発の時間になり東京へ帰ったのである。
そして色々あり、個展を去年行ったのである。
ある意味最後の写真がこれです。
でも、ここにいた証明です。
コロナウイルスが収まったら、また、宮古島に旅に行きたいと思っています。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
簡単ですが、5日間の旅の日誌でした。
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